オフィスコンピュータとプログラミング言語COBOLとの出会い

オフィスコンピュータ

1980年代、仕事場にはオフィスコンピュータ(オフコン)が導入されてました。

オフィスコンピュータと言っても、当時の性能としては、今のスマートフォンにも敵わないですね。

オヤジが使用していたオフコンは海外製でしたが、10メガバイトのディスクが、バケツぐらい大きかったと記憶してます。

当時のオフィスコンピュータは熱暴走することがあり、今より熱に弱かったですね。オフィスコンピュータ専用の電算室を設け、冷房がガンガン効いてました。

現在でもサーバ室(電算室とは聞かなくなった?)は空調管理され、セキュリティの観点から専用室を設け、施錠や入室者制限が当たり前ですね。

ブラウン管モニタ

当時のオフコン端末のモニタはブラウン管型で、表示色は単色で、黒画面に白文字が主流でした。

当時は黒画面にグリーン文字が日本人の瞳では疲労度が少ないなんて聞いてました。

 

都市伝説?

 

真相は判りませんが、グリーン文字をオヤジは結構気に入ってました。

メーカーによっては黒画面にオレンジやイエローだったり、反転させてオレンジ画面に黒文字なんてありましたね。

当時は斬新で格好良かったですよ~。

 

当時、オフコンに表示できる文字は「アルファベット」と「半角カタカナ」、「数字と記号」ぐらい。

日本語が表示できるようになった時は感動しましたよ~。

初めてプログラミング言語COBOL

オヤジがまだ若かった1970年代後半、初めてプログラミング言語と出会ったのがCOBOLでした。

恥ずかしながら、当時のオヤジは構造化プログラミングも知らず、ひたすらGOTO文を多用していた記憶があります。

今思えば、迷路のようなコーディングですよね。

基本情報技術者試験もCOBOLで受験可能であったことから、まだまだ現役で使用されてますね~。

 

 

COBOLの基礎構造

IDENTIFICATION  DIVISION
     PROGRAM-ID
     AUTHOR
ENVIRONMENT  DIVISION
    CONFIGRATION  SECTION
INPUT-OUTPUT  SECTION
DATA  DIVISION
    FILE  SECTION
    WORKING-STORAGE  SECTION
PROCEDURE  DIVISION

  こんな感じだったかと。

穿孔テープ

当時の記録媒体は紙テープ(穿孔テープ)や紙製のパンチカードが使用されていました。

紙テープでのブログラムの修正では、修正箇所の紙テープを切り取り、修正した紙テープを糊貼りしましたよ。

紙テープ8孔タイプのモノは1列8孔が1バイトを意味してました。

 

また、オヤジがCOBOLに出会った当時は、汎用機で使用していて、パソコンはとても買える値段ではありませんでした。